*平成12年  7月
山行計画書&実施報告書


第1例会 東北北蔵王 雁戸山

第2例会 
北信 飯綱山 黒姫山

第3例会 
北アルプス 
    
徳本峠 大滝山 蝶ヶ岳


                           いつかある日
                           野口会長逝去

  



























*1 東北 北蔵王 神室 雁戸山 平成12年7月1〜2日 リーダー 矢沢

計 画 書    


















































実施報告    

       北蔵王 神室・雁戸山
日 時 平成12年7月1日(土)〜2日(日)
メンバー(L)矢澤 石浦 浦澤 広瀬 小淵 中村 国府田 吉田(博)                 計 8名
                                                        − 矢澤 記 −
第1日 7月1日(土) 曇り一時雷雨
 タクシーから降りたった笹谷峠は強風と重い雲が流れ、前途多難な感じです。解放感のある広い草原の峠から急登を頑張ると展望が開け、緩やかな尾根道が神室まで続いています。ベニバナイチヤクソウ、ウスユキソウ等の花に慰められながら、ハマグリ山(本物の貝殻が埋め込まれた道標)を過ぎる辺りから雨が降り出しました。山形神室手前でカッパを着ての昼食中、叩き付ける雨と風に残念ですがここで登山中止を決め、往路を戻りました。幸い、峠に近付くにつれ雨も上がり、峠から関沢まで車道をさけ
て旧道を下りました。少しヤプっぽい処もありますが、足元はしっかりしていました。
                   神室山地図



第 2日 7月2日(日) 曇り
 朝起きた時の青空が笹谷峠に着く頃は、予報どうりの曇空に変わっていました。昨日のハマグリ山方面を背に、荒れているという宮城コースを避けて山形コースに入りました。途中、下りに使う関沢分岐を見送り、登りついた展望の広がるカケスガ峰で大休止。昨日登れなかった仙台神室、大東岳、船形を楽しむ。前山のトラバースを過ぎると、荒々しい雁戸山への稜線が、現れますが、やせ尾根やザレ場は思った程きびしくなく、短時間で雁戸山に立てました。写真を撮って一つ先の南雁戸山へと思ったら、
蔵王方面から黒雲が広がりだしましたした。昨日の強雨の繰り返しだと雁戸の下山が危険なので、雨の来ない内に急いで足元の安全な前山鞍部まで降りました。
頂上には10分もいなかっでしょうか。雨雲は追い掛けて来ず、時間も早いので、カケスガ峰に戻り、ゆっくり昼食を楽にしみました。ここは風が吹き抜けフウロ咲く本当に気持ち良い休憩所でした。分岐よりブナとヤマボウシ咲く関沢コースを下りした。二日間共、歩き足りない中途半端な例会でした。梅雨予報の中、実施した担当の判断ので参加者には申し訳なかったと思います。

☆コースタイム
 第1日 笹谷峠(10:10 歩)八マグリ山(11:20)山形神室への稜線(11:50〜12:10 昼)笹谷峠(13:30〜:45)関沢車道(14:30)
 第2日 笹谷峠(7:10 歩)カケスガ峰(8:40−55)雁戸山(9:45〜55)小ピーク(10:10〜30)カケスガ峰(11:15〜12:00)
      関沢分岐(12:35)車道出会(13:45)

☆交通費 タクシー 6,530円/台

☆宿泊費 笹谷高原荘 1泊2食 8,000円





































雁戸山地図     








































*2 北信 飯綱山.黒姫山 平成12年7月15〜16日 リーダー 田中

計 画 書    





























実施報告    

       北信 飯縄山と黒姫山
平成12年7月15日(土)〜16日(日)
メンバー (L)田中 (SL)村上 野口 広瀬 諸橋 深町 中村 小林 沼本 吉田(博)        計  10名
                                                                   
第1日 7月15日/小雨 飯縄山                                              − 田中 記 −
 飯縄大明神の鳥居前で宿の車を降り、絵を描く為に別行動をとる野口会長と別れる。小雨が降り出したのでスパッツをつけ傘をさして参道を歩く。左奥の鳥居を潜ると南登山首が始まる。この登山道には第一の不動明王から第十三の普賢菩薩まで小さな石仏が有るので順次、石仏を確かめながら歩く。第二釈迦如来、第三文殊菩薩、第四地蔵菩薩、第五はは不明、第六弥勒菩薩、第七薬師如来、第八観音菩薩第九勢至菩薩、第十阿弥陀如来、第十一阿閉如来は駒つなぎの場に有った。第十二大日如来、第十三普賢菩薩は確認出来なかった。天狗の硯石には凹面の2m 四方の石が有った。登山道にはウツボグサ、テガタチドリ、ハクサンフウロ、オダマキ、オオバギボシ等が見られたが花期には早すぎた様だ。山頂手前ピークの東側下に避難小屋のような建物が有るので行って見ると、それが飯縄神社だった。中に広いスペースがあるので非常時には使用可能だ。飯縄山頂はガスが出てきて展望なし。瑠璃山頂手前で怪無山方面の道を分け山頂を踏むが山名の標識は見当たらなかった。下りはリフト終点からスキー場のゲレンデを草の薄い所を選んで下る。傾斜が緩やかになる頃、咲き始めのヤナギランの群落に出会った。
 待ち合わせの戸隠高原ホテル前に着くと同時に宿の車が野口会長を乗せて迎えに来た。
                       飯綱山地図


第2日 7月16日 晴れ 黒姫山
 前日の夕方はかなり降っていたので今日の青空は嬉しい誤算だった。
 小泉登山道はスキー場の急なゲレンデをジグザグに、時々木陰を絡んで登って行く。望湖台を目指すが通り過ぎて姫見台に着いてしまった。周囲の樹木が育ったせいか展望は無い。トラバース気味に山腹を巻き越見尾根を急登して樹林の中の黒姫乗越に着く。此処から黒姫山頂までは傾斜は緩やかで、距離も短いが岩に木の根の絡んだ悪路で意外に時間がかかった。それでもオサバグサやゴゼンタチバナが気を紛らわせてくれた。黒姫山頂の南面はガスが上がって来て展望は無かったが北面は木の葉越しに山壁
に雪を残した火打山、妙高山が眺められた。又下りの登山道で正面に遮るものも無く、妙高山から火打山、焼山、金山、雨飾山に至る稜線を見渡すことが出来た。新道分岐点で古池方面の道を分け、七曲がりを経て車の入れない大橋林道を歩いている野口会長の姿が見えた。待ち合わせの大橋に早く着いたので迎えに来てくださったとのこと。恐縮です。
 梅雨の晴れ間を期待しての山行だったので結果は先ず先ずだったと思う。

☆コースタイム
 第1日 長野駅(8:57宿の車)飯縄大明神鳥居前(9:40〜45)第一不動明王(10:01〜06)駒つなぎの場(10:55)天狗の硯石
      (11:21〜27)西登山道分岐(11:56〜12:00)飯縄神社(12:15〜43)飯縄山山頂(12:54〜13:00)瑠璃山(14:00〜08)
      リフト終点(14:27〜30)スキー場道路(14:46〜50)戸隠高原ホテル(15:14 宿の車)原田荘(15:51)泊
 第2日 原田荘(6:05宿の車)小泉登山道入口(6:15)休憩(6:58−7:08)休憩(7:56〜8:08)姫見台(8:19)越見尾根(8:55〜9:05)
      黒姫乗越(9:45〜100)表登山道分岐(10:44)黒姫山頂(10:56〜11:40)カメラタイム(12:10〜15)ブナの大木
      (12:50〜13:05)新道分岐(13:21)大橋林道(13:41〜50)大橋(14:15〜17 宿の車)長野駅(15:27)

☆交通費 長野新幹線 東京→長野 往復   14,940円

☆宿泊費 原田荘 1泊2食(送迎費を含む)   7,000円















































黒姫山地図    















































*3 北アルプス 徳本峠 大滝山 蝶ヶ岳 平成12年7月28〜30日 リーダー 小渕

計 画 書    

























   

徳本峠地図    


 

























実施報告  

希望者が少ないため中止















































*4 野口会長 逝去 平成12年7月18〜23日 

     野口会長・奥多摩の山に逝く
                                                     吉 田 一 郎
一行10名の最後尾を歩いていた私のすぐ前にいた女性のSさんが急に立ち止まり、「あれ、野口さんが倒れちやった。どうしたの野口さん」私の目の前に倒れた野口会長の登山靴を履いた二本の足があった。ちょうど石車に乗って前に転んで、膝か足首でも痛めてじっと耐えている。そんなようにも思えた。野口会長の背中に手をかけたSさんが「大変、いびきかいてるよ」の一言で、最悪の結果を覚悟した。
 今回の山行は、クロスカントリースキーのクラブの今年の総括と、来シーズンの計画のために6月に開いた総会の席で、「有志で月1回軽い山歩きをしませんか」と事務局担当の女性のH さんの発言で、野口会長、私も含め 4人が同意し、言い出しっ屁のH さんが第1回のリーダーとし、小河内神社からドラム缶橋を渡り、ふるさと村、都民の森からバスで帰るコースの説明があった。更に第2回のリーダーは野口会長と決まり、適当なコース選定をお願いすることとなった。
 梅雨明 け後の猛暑の7月23日(日)、奥多摩駅前バスターミナルに当初の5名、ほかクラブ員3名とH さんの友人2名が加わり、男3名女性7名計10名のパーティで、留浦の少し手前の小河内神社でバスを降り、湖上を渡る涼しい風の中、リーダーのH さんを先頭に足に不安の野口会長が2番手で足早にドラム缶橋を渡り今回の山行が始まった。
 昭文社の地図では奥多摩周遊道路しか出ていないが湖岸沿いに遊歩道があり、川遊びの人々でにぎわうサイグチ沢を越えて上がったところが「山のふるさと村」立派なビジターセンターでトイレ休憩。11時頃再び出発。20分程歩いた木陰のベンチで昼食休憩。野口会長も大変お元気で次回 8月12日〜13日の山行の計画説明と申し込み受付の話があった。
 30分位たった頃か昼食後すぐに皆さん立ち上がり出発。ここから今までの遊歩道もしくはそれに近い道から本格的な山道の登り道となるり、リーダーを先頭に野口会長は2番手を歩いていたと思う。まもなくリーダーのH さんが体調の悪さを言い始める。コースはサイグチ沢をつめるコースで、何人もの人が冷たい沢の水に手を冷やしたり顔を洗ったりしたが、野口会長は何度も沢の水を飲んでいた様に見えた。
 H さんの状態は悪く5〜10分ごとに休憩。一度はシートの上に横になるほどの状態で荷物を女性のO さんに背負ってもらっていたが、気丈なH さんは先頭を歩き続けた。 元々登りで遅れがちになる野口会長も H さんのペースでは、丁度良いのかなどと考えながら私は後方を歩いていた。一度休憩時に会長が脈拍を計っていた。 余裕なのかな、医師に何か注意をされたのかなと見ていたが、今から思えば心臓の異状を意識していたのだろう。
 前方に鞘口峠が見えてきた。ややきつい登りで峠を越えれば下り15分で都民の森のバス停だ。前を歩いていた野口会長が私の2人前にいた。登りは遅れるからと後方に下がったらしい。 峠を見上げてあと15分かな、などと考えながらしばらく歩いたとき、何の前触れもなくとつぜん野口会長が倒れた。懸念していたのはH さんの方で野口会長ではなかった。
 事態は暗転した。 ただちに背中のザックを外し仰向きに寝かせる。みるみる唇が紫色に変わり、半分開いていた目の黒目の部分がゆっくり上がって行く。私と元気なO さんが郡民の森に助けを求めに急行することとなった。時計を見た。14 時32分だった。出発して5分後峠に着く。峠を下りたすぐのところに何の施設か小さな建物があり職員が一人いた。事情を話すと、無線で下の森林館に連絡し救急車とヘリの手配をしてくれた。
 すぐに一緒に担架を持って現場に戻り、また森林館からも所長以下数名の職員が駈けつけてくれた。中に一人心臓マッサージの心得のある若者がいて、呼吸も脈拍もないのを確認し、心臓マッサージにかかる。あるときは口から息を吹き込み、あるときは頬を叩きながら耳元で名を叫び続けた。
 心臓マッサージは救急隊に引き継ぐまで続けられた。
 重装備の救急隊20名程が到着し、作業を引き継いだが残念ながら野口会長の蘇生はなかった。ヘリに乗せるため担架で駐車場まで下ろされ病院に運ばれることとなった。リーダーのH さんや私は救急隊や私服刑事に何度も何度も事情を聞かれた。
 都民の森発 17:00 のバスで下山。 20 時頃、武蔵野日赤病院で家族に見守られた野口会長のご遺体に対面して全てが徒労に終わったことを悟る。
 21時帰宅、高柳さんの留守電にメッセージを入れ、連絡のとれた石浦さんが後のことはひきうけてくださり、私の長い一日は終わった。


 「いつかある日 山で死んだら ふるい山の友よ 伝えてくれ」

 生涯山を愛し、山に生き山に死んだ男
 好山好山旅会会長 野口俊雄 奥多摩の山に逝く 享年80歳 合掌
























いつかある日  深田 久弥 作詞

1.いつかある日 山で死んだら
  古い山の友よ 伝えてくれ

2.母親には 安らかだったと
  男らしく死んだと 父親には

3.伝えてくれ いとしい妻に
  俺が帰らなくとも 生きてゆけと

4.友よ山に 小さなケルンを
  積んで墓にしてくれピッケル立てて

5.おれのケルン 美しいフェースに
  朝の日が輝く 広いテラス

6.友に贈る おれのハンマー
  ピトンの歌う声を 聞かせてくれ